薬剤師を楽しもう!

糖尿病薬と骨折について考えてみた

75歳過ぎの女性患者Aさん。糖尿を患っておられます。でもいつ見てもお元気そうで、こちらが楽しくなるような方です。
ところが今日は若い女性が薬をとりにきておられます。
「あれ?Aさんはどうなさったんですか?」その彼女に訊ねると「実は、転倒してね。骨折しちゃったんですよ。」
「あらまあ。いつもお元気そうで、運動もしてるのよーって言ってみえたのにね。」
「そうなんですよー。もう年には勝てないのかねーってぼやいてましたよ。今日も病院に車椅子で来たので置いてきたんですよ。」
Aさんの服用している薬は、チアゾリジン系薬剤のみ。もう1年以上服用しています。
女性に薬を渡しながら、ひょっとして薬のせいってことはないのかなあ?と考えて、調べてみることにしました。


AさんのPECOを考えてみます。

P:75歳女性、糖尿病のみの患者さん
E:チアゾリジン系薬剤を1年服用することで
C:チアゾリジン系薬剤を1年服用しないよりも
O:骨折リスクが高くなるのか?


カナダ医師会の情報紙インターネット判の記事を紹介します。
http://www.cmaj.ca/cgi/content/full/180/1/32

2型糖尿病患者におけるチアゾリジン系薬剤の長期服用と骨折:メタ解析

メタ解析とは、ある特定の疑問について多くの論文を集めて、そこから得られたデータを解析することです。普通に論文をたくさん探して読むよりも、まとめてくれているので自分の疑問と会えばとてもお得な論文となります。

Background: Rosiglitazone and pioglitazone may increase the incidence of fractures. We aimed to determine systematically the risk of fractures associated with thiazolidinedione therapy and to evaluate the effect of the therapy on bone density.
背景:Rosiglitazone(日本未発売) and pioglitazone(アクトス)は骨折の危険性を増やしているかもしれない。我々は系統的に骨折リスクや骨密度とチアゾリジン系薬剤治療が関係あるかを検証する。

Methods:We searched MEDLINE, EMBASE, the Cochrane Central Register of Controlled Trials (CENTRAL), other trial registries and product information sheets through June 2008.
方法:我々は2008年1月までのMEDLINE,EMBASE,CENTRAL、その他のトライアルレジストリや製造元情報にあたった。
We selected long-term (≥ 1 year) randomized controlled trials involving patients with type 2 diabetes and controlled observational studies that described the risk of fractures or changes in bone density with thiazolidinediones. We calculated pooled odds ratios (ORs) for fractures and the weighted mean difference in bone density.
我々は2型糖尿病患者に対して1年以上の長期に渡って行われているランダム化比較試験か、、チアゾリジン系薬剤に対して骨折リスクや骨密度の変化がきちんと記載されている観察試験を選んだ。

Results: We analyzed data from 10 randomized controlled trials involving 13 715 participants and from 2 observational studies involving 31 679 participants.

結果:我々は10のランダム化比較試験中の13715名と2つの観察研究中の31679名解析した。

Rosiglitazone and pioglitazone were associated with a significantly increased risk of fractures overall in the 10 randomized controlled trials (OR 1.45, 95% confidence interval [CI] 1.18–1.79; p < 0.001).

Rosiglitazone と pioglitazoneと骨折リスクの間には10のランダム化比較試験を解析すると、有意な差があった。(オッズ比1.45。95%信頼区間1.18-1.79、p<0.001)

Five randomized controlled trials showed a significantly increased risk of fractures among women (OR 2.23, 95% CI 1.65–3.01; p < 0.001) but not among men (OR 1.00, 95% CI 0.73–1.39; p = 0.98).

5つのランダム化比較試験では骨折リスクは、女性には有意差があったが(オッズ比2.23、95%CL1.65-3.01、p<0.001)男性には有意差がなかった(オッズ比1.00、95%CL0.73-1.39、p=0.98)

The 2 observational studies demonstrated an increased risk of fractures associated with rosiglitazone and pioglitazone.

2つの観察研究でもrosiglitazone and pioglitazone. と骨折リスクの増加の関係が立証された。

Bone mineral density in women exposed to thiazolidinediones was significantly reduced at the lumbar spine (weighted mean difference –1.11%, 95% CI –2.08% to –0.14%; p = 0.02) and hip (weighted mean difference –1.24%, 95%CI –2.34% to –0.67%; p < 0.001) in 2 randomized controlled trials.

2つのランダム化比較試験でチアゾリジン系薬剤を服用している女性の骨ミネラル濃度は有意に減少していた。腰椎でweighted mean difference-1.11%、95%CL-2.08%-0.14%,P=0.02。股関節でmean difference –1.24%, 95%CI –2.34% to –0.67%; p < 0.001

Interpretation: Long-term thiazolidinedione use doubles the risk of fractures among women with type 2 diabetes, without a significant increase in risk of fractures among men with type 2
解説:2型糖尿病の女性において、長期のチアゾリジン系薬剤の使用は倍の骨折リスクがあるが、男性には特に有意な増加を及ぼさない。



最後の解説部分で倍のリスクがある、と書いてありましたが、それが「OR 2.23, 95% CI 1.65–3.01; p < 0.001」の部分のことを指しています。結果のところに、女性に限ってはチアゾリジン系薬剤を服用する方の骨折リスクはしない方に比べて約2.23倍になるというのです。
これは結構大変な数字ですね。ちょっと中身を見てみましょう。

メタ解析などではたくさんの論文を集めていますので、一つ一つに関して詳しくかかれているわけではありませんが、主な結果はそれぞれの論文のものを見ることができます。興味があれば上のリンクでCMAJのサイトへ行ってみてください。フルテキストで論文を読むことができます。中にFigure2という画像があると思いますが、それを見ると簡単に骨折リスクが論文ごとに見ることができます。

そのうちの一つ、B:Fractures in women に注目してみます。女性の骨折リスクを調べたスタディのうち表の一番うえにある Dormandy et.alの値を取り上げてみます。



チアゾリジン服用していて骨折した人 44名 しなかった人 826名
チアゾリジン服用しなくて骨折した人 23名 しなかった人 905名
オッズ比2.04(95%CL1.22-3.41)


確かに、骨折者でチアゾリジンを服用していた人は服用していなかった人より倍となっていますし、この論文のデータでは単純には40人に1人は骨折リスクがあがる計算になってしまいます。

とはいえ、この解析の最後に結論やこの解析の限界が記載されているのですが、例えば骨密度は、女性の糖尿病患者の場合、減少傾向にあるのをどう考えるのか?などがかかれています。論文になった解析とはいえ絶対ではありませんから。



でも、考えてみました。
メタ解析=論文をたくさん集めて行う
論文がある、ということは、以前から、チアゾリジン系薬剤は骨折リスクがある、と言われていた筈ですね。

探してみました。確かに国内の添付文書にもあります。
頻度不明 骨折 外国の臨床試験で、女性において骨折の発現頻度上昇が認められている
ところが、2007年3月にアメリカでは既に安全性情報が発表されています。

FDA は医師向けに、2型糖尿病治療薬であるpioglitazone(Actos)の女性での腕・手・足の骨折頻度増加に関する情報を提示した。 rosiglitazone(Avandia)で踵骨への同様な報告(2月21日)があり、男性では増加のエビデンスが認められなかった。

これを受けて厚労省は安全情報をFDAのドラッグセーフティを要約する形で出しており、製薬メーカーも副作用の項に記載を設けたようです。それが上の「頻度不明」です。

もう少し気を配って情報を集めていれば、2年前に医療論文に目を通す技術を覚えていたら、Aさんに助言することも出来たのかもしれません。


ちなみに、CMAJ(カナダ医師会)の情報紙はウェブ上で、なんと1911年のものから見ることができます。 タイプライターで打っただけ、のものですが、何となく感動しますよ。 http://www.cmaj.ca/contents-by-date.0.shtml
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