薬剤師を楽しもう!

幸せについて考えてみよう

先日、勉強会に参加してきました。

内容は以前紹介しました、医療論文を読み、実践するための勉強会、CASPワークショップです。
今回のテーマは「マンモグラフィー検査による乳癌スクリーニング」についての論文でした。
コクランセンターというところが、13500件の「マンモグラフィーによる乳癌スクリーニング」に関する論文にあたり、有用なものを集めて解析したシステマティックレビューと呼ばれる類の論文で「Screening for breast cancer with mammography.」というものをよみました。
http://www.cochrane.org/reviews/en/ab001877.html

このコクランセンターの発行するシステマティックレビューは、世界的にも大変評価が高いのですが、なんと60ページの大作です。まあ、多くの論文をあつめて解析してその結果もいろんな面において発表するのですから、当たり前といえば当たり前なんですが・・・。勉強会の講師先生も「おそらくCochraneを読むのは一生でこれが最後になる方もいるかもしれませんよ。」と笑っておられました。

論文の内容についてですが・・実は60ページのボリュームを読まなくても、まとめの部分を日本語に訳したものがあります。
http://minds.jcqhc.or.jp/stc/0006/4/0006_g0000100_t0001093.html
医療情報サービス Mindsというインターネットのサイトですが、日本で使われているガイドラインやコクランで取り扱った論文のまとめを日本語で掲載しているサイトです。かなり信頼性の高い論文が多くおかれているので、時々覗いてみることをおすすめします。


では、そのMindsより取り出してみますと

主な結果:女性500,000人を組み入れた7件のすでに終了している適格な試験を同定した。バイアスのかかった試験は解析から除外した。ランダム化が適切な2件の試験は13年目の乳癌死亡率に有意な低下を示さず、相対リスクは(RR) 0.93であった(95%信頼区間 0.80〜1.09)。ランダム化が最適以下の4件の試験は乳癌死亡率の有意な低下を示し、RRは0.75(0.67〜0.83)であった(2つの推定間の差に対してP=0.02)。6件の試験をすべて合わせたRRは0.80(0.73〜0.88)であった。
適切にランダム化された2件の試験では、乳癌を含む癌の死亡率に及ぼすスクリーニングの効果が確認されず、10 年後のRRは1.02 (0.95〜1.10)であった。また、全死亡率に及ぼす影響も確認されず、13年後のRRは1.00 (0.96〜1.04)であった。乳癌死亡率は、スクリーニングに有利な主に死因の誤った分類の相違によってバイアスがかかった信頼性のないアウトカムであることが明らかにされた。

まず13500ほどあった試験中、このレビューの筆者たちが適格と判断したものは7件、しかももっとも適切と考えられたのは2件しかなかったんですね。そしてその2件の試験では、「13年目の乳癌死亡率に有意な低下を示さなかった」有意な低下・・というのは「統計学的に正しく低下」と同義です。言い換えると「13年間マンモグラフィー検査をしても、乳癌死亡率は減少しなかった」でも、適切とは言えない試験を入れたら「乳癌死亡率は減少した」という結果になるというのです。

そして「乳癌死亡率は、スクリーニングに有利な主に死因の誤った分類の相違によってバイアスがかかった信頼性のないアウトカムであることが明らかにされた。」
身も蓋もないですね・・・。

また結論として、こうも述べています
レビューアの結論:スクリーニングは乳癌死亡率を減らすようである。すべての試験に基づくと低下率は20%であるが、最も高品質の試験における効果が低いので、相対リスクの低下は15%であるとするのが妥当な推定である。これらの試験における女性のリスクレベルに基づき、絶対リスクの低下は0.05%であった。また、スクリーニングの結果として過剰診断と過剰治療になり、推定30%の増加、絶対リスクの増加としては0.5%である。これは10年間にスクリーニングを受けた女性2000人につき1人の余命が延びることを意味している。さらに、スクリーニングを受けていなかったならば診断されることはなかったはずの健康な女性10人が乳癌患者と診断されて、不必要な治療を受けることを意味している。従って、スクリーニングに弊害よりも利益があるか否かについては明らかでない。スクリーニングを受けるように勧める女性には利益と弊害の両方を十分に説明すべきである。

レビュー著者の見解としては・・
2000名が10年間マンモグラフィーを定期的に受けていると、1名の余命が伸びる。
2000名が10年間マンモグラフィーを定期的に受けていると、10名が乳癌患者と診断される
この他、論文の中には実は「10年間検査を受けて、2日余命がのびる」ともかかれています。


この数字をみてどう考えますか?
ここからがCASPワークショップの醍醐味です。この結果が現場での対象者に当てはめられるか?

対象者とは、患者さんだけではありません。医療を施す専門家・行政担当者・家族・援助者・社会・コミュニティー。
例えば現在広告費を使って「乳癌検診を行おう」というキャンペーンが行われていますが、そういった事も実はこういった論文の結果を元にして行政が考えています。検診は有効なのか?というのは患者さんにとっての問題でもありますが、行政にとっても、社会コミュニティーにとっても、家族にとっても問題です。

私たちの班でもいろいろな意見がでました。例えば患者さんがマンモグラフィーって受けた方がいいのかな?って聞いてこられた時に・・・
「やっぱり勧めるよ!だって本人は受けたいと思ってるから聞いてるんだよ。」
「とりあえず勧めるかな。」
「家族歴を聞きます。ガン家系かどうかを。」
「うーん、自分ならやらないかも。でも患者さんなら・・やっぱり自分で決めてって言うなあ。」
「この結果を言います。費用だってかかることだし。」

話はどんどん進んでいき、ある人がふと言いました。「どの方法が一番患者さんが幸せなんだろうね。」

そうなんですよね。もしマンモグラフィーで小さな乳癌が見つかった。特に切除をすることもなく「様子をみましょう。」と言われました。早めに見つかってよかった。確かによかったのです。しかし、見つかった患者さんは本当に幸せだったのでしょうか?私たち医療者は早めに見つかったのだから、良かったじゃないか。とだけ考えます。もしもこのまま放っておいて数年後に取り返しのつかないことになったら・・と恐れるからです。でも見つからなかったら、その分の時間は患者さんにとってガンにおびえることのない幸せな時間となった筈です。

幸せについての議論は白熱しましたが、結論は出ませんでした。

それでいいんだと思います。幸せの度合いは、その患者さんごとで違うのですから。もちろん医療者の考える幸せと患者さんの感じている幸せも違います。
私たちの仕事は、幸せを守ることだと思います。そのためには、患者さんそれぞれの幸せが何かを把握しなくてはならないでしょう。その幸せを考えることが「患者さん目線」というものだと思います。

一度、投薬をしているときにこんなことを考えてみてください。
「この患者さんは何を幸せと思っているんだろう。」
少し、患者さんに対する見方が変化すると思いますよ。

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