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80歳以上の患者さんへの高血圧治療は長生きできるのか?

何ヶ月か前のことです。
いつもお元気そうなAさんは78歳。今までに病気をほとんどしたことがありません。すこーし血圧が高めでしたが、お医者さんからも「心臓も腎臓も悪いところがないから特に治療する必要はないでしょう。」と言われている。今、病院に通っているのですが、耳鼻科だけ。副鼻腔炎ということで、毎月通っておられます。
先月来局された時には、登山にいくんだよ。とうれしそうな笑顔をしておられました。

ところが、Aさん、いつもの耳鼻科ではなく、内科の処方箋を手に現れました。しかも、すっかり落ち込んでいる様子。

「昨日ねえ、町内の清掃活動に参加してたらフラフラしちゃってさ。行きつけの内科医にみてもらったんだよ。そしたら、血圧が180mgもあるから、薬飲まないとしょうがないね。って言われちゃってさ。」おやまあ。処方箋には降圧剤が記載されていました。
「もう年なのかなあ。ほんとに情けないよ・・・・。でもさ、もう俺も年なんだからさ、今まで飲んでなかったのに、逆に飲んだらおかしくならないのかい?本当に薬を飲んだほうが長生きできるのかなあ。」

そうはいってもふらふらしていて病院に行ったAさんなのですから、「まずは処方箋とおりにお薬飲んで血圧を下げましょうよ。」といい、投薬を行いました。

でも・・・本当にどうなんでしょう?年齢の高い高血圧患者さんに治療してあげた方が・・・長生きするのでしょうか・・・。

とはいえ、その疑問は忙しい時間の中に埋もれてしまっていました。

ところが先日、あるサイトをみていたのですが・・・
http://ds-pharma.jp/medical/gakujutsu/nejmarticles/index.html
2008年3 月 31 日にNewEngland Jounal of Medicineという有名な雑誌に発表されたこんな論文を見つけました。

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Treatment of Hypertension in Patients 80 Years of Age or Older

80 歳以上の患者に対する高血圧の治療

またしても、南江堂さんのサイトがNEJMのアブストラクトをまとめてありますので・・・そちらを拝見。

# 背 景
80 歳以上の高血圧患者に対する治療が有益であるかどうかは明らかでない.降圧治療により脳卒中のリスクは低下すると考えられるが,死亡リスクが上昇する可能性があることが示唆されている.
# 方 法
80 歳以上で収縮期血圧 160 mmHg 以上が持続している,ヨーロッパ,中国,オーストラレーシア,チュニジアの患者 3,845 例を,利尿薬インダパミド(徐放剤,1.5 mg)を投与する群と,マッチするプラセボを投与する群のいずれかに無作為に割り付けた.目標血圧 150/80 mmHg を達成するため,必要な場合にはアンジオテンシン変換酵素阻害薬ペリンドプリル(2 mg または 4 mg)またはマッチするプラセボを追加投与した.主要エンドポイントは,致死的あるいは非致死的な脳卒中とした.
# 結 果
実薬群(1,933 例)とプラセボ群(1,912 例)はよくマッチしており(平均年齢 83.6 歳,平均座位血圧 173.0/90.8 mmHg),患者の 11.8%に心血管疾患の既往があった.追跡調査期間の中央値は 1.8 年であった.2 年目の時点で,平均座位血圧は,実薬群のほうがプラセボ群よりも 15.0/6.1 mmHg 低かった.intention-to-treat 解析によると,実薬治療は,致死的・非致死的脳卒中の発生率の 30%の低下(95%信頼区間 [CI] −1〜51,P=0.06),脳卒中による死亡率の 39%の低下(95% CI 1〜62,P=0.05),全死因死亡率の 21%の低下(95% CI 4〜35,P=0.02),心血管系の原因による死亡率の 23%の低下(95% CI −1〜40,P=0.06),心不全の発生率の 64%の低下(95% CI 42〜78,P<0.001)と関連していた.重篤な有害事象の報告は,実薬群のほうが少なかった(358 件に対し,プラセボ群 448 件,P=0.001).
# 結 論
この結果は,80 歳以上の高齢者に対するペリンドプリルの併用・非併用下でのインダパミド(徐放剤)を用いた降圧治療は,有益であるというエビデンスを示している.(ClinicalTrials.gov 番号:NCT00122811)

本論文(10.1056/NEJMoa0801369)は,2008 年 3 月 31 日に www.nejm.org で発表された.
(N Engl J Med 2008; 358 : 1887 - 98 : Original Article.)

(C)2008 Massachusetts Medical Society.
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今回は、逆にこの論文がどういう問題を解決しようとしてかかれているのか?と考えてみます。

患者(Patient):どんな患者さんが
検討すべき介入(Exposure/Intervention):どんな治療をするのは
比較すべき選択肢(Comparison):別の治療と比べて
目的とする結果(Outcome):どうなるのか

EBMのSTEPの場合、本来目の前の患者さんにたいしてのPECOをたてるものですが、今回は逆に論文を見つけてしまったので「この論文は、私の患者さんに当てはまっているのか?」読む価値があるかどうかを簡単に考えてみます。()内は私の心の声です。

P:80歳以上の収縮期血圧160mmHG以上が持続している、ヨーロッパ・中国・オーストレーシア・チュニジアの患者

(Aさんは78歳だから、80歳以上ではないなあ。でも中国の患者さんが入っているから東洋人のケースも見てもらえるんだ。)

E:利尿薬インダパミドを投与するのは(もし血圧がさがらなければペリンドプリルを追加する)
(インダパミドって何だろう?ナトリックスか~。サイアザイド系みたいな利尿薬ですね。この薬って結構いろんな研究に使われていること多いよなあ。うちの患者さんたちにも時々使われているなあ。)

C:プラセボを投与するのと比べて

O:致死的あるいは、非致死的な脳卒中を起こす頻度が低いのか?
(方法には主要エンドポイントだけ書いてあるけど、結果には心不全や重篤な有害事象の報告・・って言葉もあるよねえ。)


さて、Aさんのことを思い描きながら、上の文章をもう一度読んでみてくださいね。


次にこの論文が本当に信用できるか?

まず検討した二つの群に差はなかったか?  → 実薬とプラセボはよくマッチしており・・(大丈夫そうですね)

検討をした期間がすごく短くはなかったか? → 追跡調査期間の中央値は1.8年 (少し少ない気がするけど・・途中でかなり亡くなったりしたのかしら)

適切な解析か? → intention-to-treat 解析によると・・・ (途中で亡くなったとしても数に含めて計算するITT解析ってやつだからデータの計算は安心ね)

データの計算は正しく行われていそうか? → 信頼区間とP値の両方がかかれている(まあきちんとやってるんじゃないかな)

まあ信用できそうな論文なので、結果を見てみましょう。

インダパミドを服用した群が、致死的・非致死的脳卒中の発生率は30%低下。脳卒中による死亡率は39%低下。全死因死亡率は25%の低下

(脳卒中発生率は95%信頼区間が「0をまたいでいる」し有意差あるとは言いきれないけど、脳卒中の死亡率や全死因死亡率は確かっぽいなあ。発生は有意差ないけど、死亡率は有意差あるんだ。どのくらいの死亡数だったんだろう。気になるねえ。重篤な有害事象ってのも何だったのかなあ。これなら、読んでかかれている内容を検討してもいいんじゃないかな?)

さて、じゃあ中身も読んでみようっかな。ちょっと面白そうな内容です。この論文読んだら、何か確からしいことをAさんに伝えてあげられるかもしれませんね。


このように、日本語のアブストラクトをEBMの手法でちょっとだけ考えて読み解いておくと、意外と簡単に必要な論文を見分けることができます。

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